Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “ちょっとした“お出掛け”?”A

            〜たとえば こんな明日はいかが? 参照?
 



          




 その日もいつもと変わらずに、仲の良いおチビさんと相変わらずの口喧嘩なんぞ繰り広げつつ、昨日と同んなじアメフト三昧の、忙しくも充実した一日になるはずだった。ちょいと過激な坊やのお召し物を巡っての、結構 過激な喧嘩をこなしてた真っ最中。バランスを崩して床へと転んだお二人さん。あいたたた…と軽くぶつけた腰なぞさすりつつ、身を起こして目を開けたなら、そこには思いも拠らない光景が。

  “な…なんなんだ? こりゃあ。”

 肩も胸板も、薄くはないがさりとて“ごつい”というほどでもなく。白い膝頭へ添えられた手の綺麗さといい、すんなり撓やかな肢体といい、年齢相応の健やかで爽やかな清
すがしき壮健さを湛えた美青年というのとは、少々種類を画したタイプ。いつでも何処でも誰にでも。どんなに大きく強そうな、もしくは危険で恐持てのするよな相手であろうとも。見下ろす視線を絶対に緩めはしない。まるで、生まれついての権高さをまとった上流階級のご婦人のような、自負という名の威容混じりの、それはそれは強かそうな美しさ。
「………。」
 仰天という言葉のその通り、頭だけ起こした床に転がったまんまな格好にて、ただただ呆気に取られていると、
「………ルイ?」
 向こうもまた、どこか…違和感を見咎めたらしくって。こちらのお顔をじぃ…と見つめてから、その切れ長の綺麗な目許を眇めて見せる。こちらの名を間違いなく呼んだその彼は、
「何か…若返ってないか? ルイ。」
 あんま大きく違やしないけど、雰囲気ってか顔つきってか、今の俺と変わんねぇし。そんな風に言い出して、
「高校生ん時のルイに、戻ったみたいに見えるんだけどよ。」
 ちょぉっと待って下さいな。その言い回しってのは、もしかして。
「…お前、ヨウイチだよな?」
「あ、判るんだ。」
 眇められてた目許が、一瞬…ほんの少しほど、ほっとしたように緩んだのが、妙にドキリと胸へと届く。強気も強気で、怖いものも弱みだって、1つたりとも抱えてはいない…というお顔で通している気丈夫な坊や。なればこそ、どうでもいい相手にはそんな顔なんてしないはずで、大仰に見せる分かりやすい表情よりも、こういう微かなのが妙にきゅんとさせる奴だったとこは変わってない…って、いやそれは今はちょっと置いといて、だ。
「俺が、若返ったって?」
 こちらも起き上がりがてらに、自分の胸元、立てた親指で示して見せれば、
「ああ。…そういや、着てるもんも違わないか?」
 けろんと応じた彼だったけれど。こっちからすれば…自分を知っているのなら、やっぱり“ヨウイチくん”には違いないのだろうけれど、突然“高校生サイズ”に育ってる小悪魔坊やなのだから、これが落ち着いていられましょうか。慌てて辺りを見回せば、ほんの瞬き一つ分ほど前は、間違いなく賊徒学園高等部のアメフト部の部室にいたはずだのが…どう見ても此処は、一般家庭のお部屋なような。しかもしかも、このお部屋、
“微妙に家具や何やが替わってっけど…。”
 子供向けの学習デスクだったものが、本棚のない書き物机とパソコン用のデスクに入れ替わり、ベッドやクロゼットがいかにも青年が好みそうなシックで簡素な型のものに置き換えられてはいたけれど。ドアや窓の位置やら、そこから見えてる景色などから察するに。どうやら此処は、総長さんには馴染みの深い、蛭魔さんチの妖一くんのお家に違いなく。再び視線を戻したその先、
「…その長ラン。」
 彼が羽織っているのは、やっぱり間違いなく自分の学生服であるようで。袖は通さずという羽織り方まで同じであり。…ちなみに、下には濃色のタンクトップとボクサーパンツを着ておいでで。
「あ? これか?」
 自分の襟元を見下ろしながら、前立ての部分を片手で引っ張り、
「随分と前に貰ったんじゃんか。ルイの最後の、三年の時のだぞ?」
 それを部屋着にしているのらしく、何年前の話だと苦笑をした彼だったもんだから、

  “…これって。”

 彼を含めて周囲の情況全部が、自分の瞬きの間に“いっせのせ”で総取っ替えされるのと。自分だけがぽ〜いっと、この情況下へすべり落ちて来たのと。果たしてどっちが手っ取り早い舞台転換か。
“いや、そういう選択問題じゃないんだろうけど。”
 けれど。自分だけが居残っての場面転換と解釈するには、やっぱり多大なる無理があり。しかも葉柱はどちらかと言えば、周囲に数多
あまた存在する“天動説人間”ではなかったので。信じがたいがこれってやはり…後者の方ではないのだろうかと。信じがたいがそれでもね? 気絶して観ている夢にしては、あまりにも臨場感があり過ぎるし。
“…何でまた、こんな唐突にSF体験なんかしちゃうかな。”
 今はこんな不良の高校生だけれども、小学生の頃なんかはね。世界児童文学なんてのも一応は読んでたし、漫画だったらもっと読んでた。主人公がいきなり、異世界に飛ばされてしまい、その世界の騒動に巻き込まれ。勇気を振り絞って戦って皆から慕われ、反乱軍の幹部とかになって。一斉に攻め込んだ敵の大本営で、民を苦しめてる王との対峙。そしたら、自分がそこへと呼ばれた理由が判明し、最終兵器の鍵だと言われる。勿論、そんなものは要らないと蹴り飛ばし、争いの終結とともに、惜しまれながらも元の世界へ帰ることになって。自分でも気がつかなかった勇気ややる気、この騒動で目覚めたそれを、胸いっぱいに詰め込んで…ただいまと戻って来て、ジ・エンド。そんな作品がそりゃあもう一杯あって、好きな作家のお話は、コミックスも集めて読んでたけれど。

  ――― 何でまたそんなややこしいことに?
       どうやって元の世界へ戻れば良いのだろうか。
       俺がいきなりいなくなっただなんて、元の世界では?

 正にそういうお話の主人公よろしく、呆然としたまんまのその胸中では立派に
(?)わたわたと慌てかかって、血の気が失せかけていた葉柱の脳裏へぽんっと、
“そうだ…。”
 くっきりとした輪郭にて浮かんだことが一つ。自分が突然消えたことになってるんなら、寸前まで一緒にいた、自分が知ってる小学生の方の“ヨウイチ”は一体どうしているのだろうか。部室でいきなり独りになって、何が何やらと心細くなってはいまいか? あの子の痛手を思うとすぐにも、どこか他人事レベルな位置で座り込み、ただただ呆然としていた感覚が、一旦停止のままだった思考が、現実という肌身に近い代物へと勢い良く引き摺り戻されていて。そしてそして その途端に、
“うう…。”
 情けない話だが、色々と複雑なことを一遍に考えようとすると、何と気分が悪くなるのだと。こんな形で経験しようとは思わなかった。吐きそうになりながらも何とか頑張り、眉を下げて黙り込んだまま、ベッドの傍らの床に座り込み、グルグルグルと考えごとに没頭しだした葉柱へ。様子を見るよに黙って向かい合ってた金髪痩躯のヨウイチ青年。声を掛けようとして、だが…延べかけた手を引っ込めると、そのままほりほりと後ろ頭を掻いて見せ。おもむろに なめらかな動作で立ち上がると、PCデスク前の椅子の背へと掛けてあったトレパンらしきズボンを手に取り、慣れた動作で手早く履いて。とりあえずはの身支度を整えた。どうやら彼は、二人がそこから転げ落ちた格好になった、ベッドに横になっていて。うとうとと午睡を堪能していたらしく。

  「…なあ、あんたさ。」

 放ってもおけないからと、意を決しての声を今度こそ掛けてくる。もしも葉柱がも少し落ち着いていたならば、きっと怪訝に感じたかもしれないくらい、短気で揮発性の高い性分をした妖一くんにしては、結構 気を遣っているような態度。何だお前、さては不法侵入者だなと、蹴り出したって良い筈なのにね。彼の知り合いの“ルイ”さんに、あまりに似ている人物だから? ただそれだけで、こうまでも。人当たりの変わる彼だったのだろうか。まだどこかで信じがたいという抵抗が働いてるまま、されど…向けた視線が外せない葉柱の真正面に立つ、高校生の彼はというと、
「これってやっぱ、SFってやつなのかな。」
 そんな一言をぽつりと呟いたところをみると。知識というか蘊蓄というか、机上のものでいいならば、こんな現象に際して持ち出される理屈とやら、一応は知っているのだがという雰囲気。目の前にいる“葉柱”が、自分の知己の彼とはどうやら微妙に別人であるらしいと判っているらしく、
“下んねぇ雑学までも、いっぱい知ってそうだよな。”
 いつだって好奇心の塊りで、全身が活性化したまんまのお元気な仔猫。こちらの顔を覗き込むよに見やって来る面差しや姿はずんと大人びていて…その表情にも深みや奥行きがあり、なかなかにセクシーな成長ぶりが眩しいほどだったが、

  「そういうセオリー通りなら、
   あんたは過去から未来の此処へとやって来たことになるんだが。」

 あああ、やっぱり? 自分でも薄々感じてはいたこと。けれど、そうだと認めるには、あまりに現実離れしていることではなかろうか。ぱりっぱりの現実主義者で、先進の技術は大人並みの造詣の深さで把握していたが、アニメやSF漫画になんぞ、早くから関心を持たなくなったのだろう、ずんとおマセな子だったのに。彼以上に“当事者”な自分が、まだどこかで納得し切れていないこと、何でそうもあっさりと受け入れられるのだろうかと。相手が“ヨウイチ坊や”だとしっかり把握しておきながら、他は“現実離れ”しているだなんて。それってどうよというような、相当に矛盾したこと、ぐるぐると思っているらしき葉柱へ、
「もしかして警戒してんのか? だったら、なかなか進歩してんじゃんか。」
 ぎょろりとした目許を見開いての無表情なままでいることから、及び腰な態度を嗅ぎ取られたか。肉薄な唇をにぃっと横へと引き伸ばし、今度こそ馴染みがある、いかにも悪巧みの似合いそうな笑い方でそんな言いようをしたヨウイチくん。そりゃあ短気で人の話も聞かねぇし、呆れるくらいに喧嘩早かったのになと、からかうような言いようをしてから、
「けどよ、こちとら そう思うしかねぇんだ。これでもこの部屋、俺が仕掛けた防犯装置が山ほど稼働してるかんな。無理から入って来ようもんなら、そうまで綺麗なまんまじゃあいられねぇ。」
 服どころか髪やら顔やら、あちこちに焦げ目のついた良い焼き加減になってるはずだしよと。何とも物騒な言いようをしてくれてから、
「それに…あんたほど若くはなかったけどよ。ルイ本人が確かに此処に居たからな。」
 心なしか仄かに頬を染めながら、丁度、まんま“擦り替わった”っていうのかな、そういう現象には違いないからよと彼は言い、
「これはもう、何か一つくれぇは不条理のまんま認めねぇと、対策を取ろうにも話が先へ進まねぇだろ?」
「…そういうもんだろか。」
 こいつホンットに順応性が高いよな。いつだって前へ前へ、困難に立ち塞がられても前へ前へ。悔しいことには敗北を期して、それでとついつい膝を折ったとて。気が済んだなら、さあ次へ行くぞと、やっぱり前へ前へと皆の尻を叩いてくれた。夢見がちな言動をしない…というのではなくて、現実から目を背けない、そういうカッコでの現実主義者。成功確率にばかりしがみついてないで、大胆不敵な策も選ぶ、思い切りの良い行動も見せるという、
“…そっか、そういう奴でもあったかな。”
 小さなお子様だってのに、強かで計算高いところが何とも子供らしくないものだからね、それで翻弄されてたけれど。無茶ばっかをしもする腕白坊主で、結構…無謀なことだってしちゃあいなかったか?

  「…おっと。」

 不意に鳴り出したのは携帯の着メロ。こういう曲が流行ってんのか? グランジっぽいビートを刻む、大人びた趣味の旋律が飛び出して。妙なもんで、それのせいで我に返れた葉柱だったりし。サイドテーブルの上から携帯を手に取ったヨウイチくん、ぱかりと開くと耳に当て、
「…っ。ああ、ルイか? あのな、此処に珍しい客が来てんだよ。てか、何でお前、消えたんだ? どっからかけてんだよ、おい。」
 面白くってしようがないと、こっちを見やってくつくつ笑う。だが、そんな表情がふと、引き留められて、
「………え?」
 電話からの声に、彼もまた“我に返った”というよな顔になり、
「そか…そっちにも。」
 そっちにも。そんな短い一言に反応して、今度は葉柱が表情を引き締める。そこから想起されることがあったからで、じっと凝視しているこちらの視線に気づいたか、じゃあ待ってるからと手短に会話を切り上げ、
「今からこっちに来るってサ。」
 そうと教えて…それからね?
「けど、何か妙なこと言ってるんだ。」
「妙なこと?」
 高校生の妖一はこくりと頷き、
「俺の方こそが、いきなり姿を消したんだろうがって。ルイが言うには、俺、朝から向こうんチにいたらしいんだけど、それって覚えがねぇんだよな。」
 まったく何が何だかだよなと、薄い肩をすくめて苦笑をしたが、
「…車がないしなぁ。」
 立ったまんまの彼の視線が流れたのは窓の外。恐らくそこからは、車が2台は停められる蛭魔さんチの駐車スペースが見下ろせる筈で。そこには、こちらの…大人になった葉柱が自宅から此処まで、乗って来たなら停めているのだろう車が、何故だかどこにも見えないのだろう。ぼんやりとそっちばかりを見下ろしていた彼だったが、ああそうそうと、やっとのこと我に返ってくださると、肩越しにこっちを振り返って来て、
「あんたが心配してること、どうやら大丈夫らしいから安心しなよ。」
 くすくすと、今度はすっかりと和んだお顔で、それは優しげに笑って見せる。
「向こうにもな。いきなり小学生に逆上っちまってる“俺”が、入れ替わるみたいにして現れたそうだからよ。」
 今から連れて来るって言ってたからサ、ひとまずは感動の再会をしてから、これからのことを考えようや。そうと言って、くすすと笑った高校生の妖一くん。手を差し伸べると、いつまでも床へと座り込んでる葉柱に立ちなと促す。半分ほどは呆けてのこととはいえ、それでも伸べられた手を杖に、よっこらせと立ち上がれば、
「…チッ、詰まんねぇな。」
 間近になったその途端、少しは友好的だったお顔がちょっぴり尖って、舌打ちを一つ。何がお気に召さなかったのかと小首を傾げると、
「やっぱ俺よか背が高いからだよ。」
 ガキん時は仕方がなかったけどよ、同い年になったらサ。数字ではどうあれ、見かけはそんなに大差無いタッパになれるって思ってたのにな。頭一つ分近くも違うんでやんの、ちぇーっと詰まらなさそに言い捨ててから、
「あ、そこに座ってな。」
 自分はPCデスクの回転椅子を引っ張り出して来て、葉柱へと指示したのはセミダブルだろう広々サイズのベッドの方。
「あんま、ここじゃあ人とは逢わねぇからな。余計な家具は置いてねぇんだ。」
 お客様なら階下のリビング、若しくは外で逢うことにしてるし、そんな堅苦しい客自体がそもそもいねぇしと、にやにや笑うが、
“…俺とは逢ってんじゃなかったか?”
 此処に来ていた筈なのにと言ってたばかり。見やれば…携帯を置いてた卓の上には、マグカップが二つあり、
“…えっと。////////
 何でだろうか、妙に照れる。長く会わないでいた親戚の従兄弟なんかが、ただのガキんちょだった面影を払拭して、いきなり一端の好青年になっていたような。子供扱いしていたからと、油断しまくりでいたものが、途端に、こっちの至らなさこそ、はみ出してなかろうなって気になってしまうような。そんな変化に戸惑う時にありがちな、擽ったい気分がしてしょうがなく。彼もまた手持ち無沙汰なんだろか、長い脚で跨ぐようにして、後ろ向きに座った椅子の背を、意味なく擦っている手がそりゃあ白くて綺麗だ。特に気を張らないままに腰掛けているのだろうに、姿勢が良くって背中が真っ直ぐ伸びているところが何とも凛々しい。そういや、さっき…と見回し直した部屋の一角、アメフトのボールが置かれてあって。その真下のドラムバッグには、洗濯したのを無造作に置いたままなのか、ユニフォームらしい一式が畳んで重ねて積んである。そんな葉柱の視線に気がついてだろう、
「アメフトやってんだ。ポジションはQBで…。」
 そこまで言ってからちょっとだけ視線を落として、
「どうせなら賊学に進学したかったんだけどもな。ルイが居た頃以上に空気は悪いわ、そういうトコだとアガリ症の連れがまともに受験出来そうにないわで。」
 言いながら彼が肩越しに見やった先、ベッドのヘッドボードの柱に、クリスマスボウルのペナントが下げてある。そこに綴られてあった校名は、関西の著名なガッコとそれからこっちは関東代表、葉柱もよくよく知ってる…、

  「…泥門かよ。」

 川を挟んだ、すぐのご近所にあった私立校。全くのゼロから始めたばかりというチームのキャリアは似たようなもんだったけれど。向こうの方が全く全然素人の集まりだったのに、頭数だってギリギリしか揃ってはいなかったのに。練習を含めて対戦するたび、随分なキリキリ舞いを演じさせてくれた“曲者チーム”のあった高校で、
「デビルバッツか。お前が仕切ってんじゃあ、とんでもなく強いチームになってんだろうよな。」
 しょっぱそうな顔で訊けば、多くは語らず、まあなと苦笑。覚えてないか? あのチビセナも入ってた。なんと参加選手中トップクラスの俊足で、ただ相変わらずのビビリだったから、素性は隠しての参加でな。謎の選手、アイシールド21って通り名で、ずっと話題を攫ってやがったんだぜ? 楽しそうに言うけれど、過去形だっていうことは。
「うん。俺らはもう引退したかんな。次は大学。それから、プロ…かな。」
 葉柱と出会う前から好きだったスポーツで。でもさ、楽しい時間を一杯、ルイと一緒に過ごせたから。それがもっとの糧になり、苦しい時もめげないで頑張れたんだと思う。
「あ、でも。ルイたちの戦歴は教えないからな。」
 元に戻ってから変に意識しちまうといけないし。くすすと笑う、和んだ表情が…細められた目許といい、品のある形にほころんだ口許といい、それはそれは温かで綺麗で。こんな別嬪になんのか、あいつ。あ、でも…もしかして。この自分は微妙に、彼の知っている、彼の傍らにいる“葉柱”とは違う存在だから。それでついつい気を抜いている彼なのだったら、
“こっちの俺は、この顔は拝めてないってことかもな。”
 だとしたら。感じてしまうのは複雑な優越感。意地でも見せまい素直な素顔。でも実は、大好きな相手には警戒の意識も緩んでしまうから、彼ほどの強情っ張りなら一生かかったって隠し通すのだろう筈の素顔、ついつい零れてしまってる訳であり。微妙に一番の相手じゃないからこそ拝めているのだと気がつけば、そこはやっぱり少々癪で。
“あのおチビは、きっと絶対、こんなお顔は見せてはくれまいし…。”
 そうであるということは、彼にとっての“一番”だという証しなんだろうから。どっちもを望むのは、贅沢ということかと…結構複雑なんですね、男心も。
(苦笑) さりげなく、恐らくはご本人も気づかぬうちに。あの坊やにとっての最愛の人という座を既に得ているような見解でございますが、こうまで綺麗なお顔をご披露されては、それもまた致し方がないというところかと。その端正なお顔が、ふと、視線を逸らすと何か言いたげなお顔になって、
「…どうした?」
「うん…。」
 訊いたものかどうしたものか、そんな躊躇の滲む顔。此処が10年でこぼこほど未来であるのなら、それでなくたって情報収集と管理や操作の天才児。自分なんかよりも沢山のこと、山ほど知ってる彼であろうに。何をそんなに戸惑っているのか、それまでの毅然としていた態度から一変して、ちょいと神経質そうな仕草にて、口許へと手の甲や指を持ってゆく。言いたいこと聞きたいことがあるのだけれどという、最も分かりやすい躊躇のサイン。
「あの…さ。」
 やっとのことで踏ん切りがついたのか。ちらっと上がった視線が、こっちからの視線に弾かれてやや俯く。うわ〜〜〜、こいつが誰かの視線にこうまではっきり押し負かされるなんて、初めて見たぞ、俺。
「今のお前…あんたはサ、小学生の俺と一緒に居るんだよな。」
「…まあな。」
 日頃は全く意識していなかったが、改めて言われると、何だか妙なことをしている奴なようにも聞こえかねずで。まあ、その当の坊ちゃんからは、対等な態度を取られているからなぁ。進とセナ坊みたいな、可愛い子の傍らにボディガードのようにいてあげるってのとは、根本的なカラーが全然違うしなぁ。今初めて感じちゃった棘みたいなもの、何を今更気にすることがあるとばかり、えいっと見切ればそのタイミングへ、

 「それって…あのさ。
  もしもそれが今のこの俺だったとしたら、それでも一緒に居られるものなのか?」

 ………へ? あ、すまんすまん。この自信満々な奴が、そりゃあ一杯“口にする決意”ってもんを掻き集めてこなけりゃ、訊けなかったってことなんだろなってのは判るから。揚げ足取りのつもりじゃねぇよ。とはいえ、こいつも…腹ぁ括ったからか結構強腰で。真っ赤になって、それでも今度は視線を逸らさずに、
「その…ルイと俺が知り合った切っ掛けってのがサ。
 あんまり小さい子だからお守りをしてくれないかってことからだっただろ?
 小さくて子供で、頼りないからって、
 独りにして放り出せなかったそのまんま、
 その後もずっと、同じ思いから目ぇかけてくれてたんか?」
 詳細をと突っ込んで話してくれたから。ああ、そういう意味かと判ったと同時。彼が聞きたいことの真意がやっと掴めて…こそりと苦笑。成程、これは訊きけないわな、本人には。つか、こんな可愛らしいことを気にするようになんのか、こいつ。
「………。」
「あ、いや、うん…そうだな。」
 単なる場繋ぎの話じゃなくって。真摯に聞きたいと構えている彼だということを思い出す。他人の気持ちを、それとは分かりにくいまま、汲んでやるのは上手なくせにね。知りたいものほど欲しいものほど、やっぱり遠くて難しいものなのだろか。とはいえ、

  「…どうだろな。」

 すいません。自分の気持ちなんて、改めて見据えたことがないもんだから。長いめの髪、掻き上げながら手櫛で梳いて、そのままゴリゴリと…所在なさげにも後ろ頭を掻いてしまう。そんな葉柱へ、少なからずは落胆したか、こちらさんもちょっぴり肩を落としたヨウイチくんへ、
「俺は…子供好きって訳じゃなくってな。むしろ、生意気でうるせぇばっかだから苦手だったと思う。」
 そんなことを語り始める。正直なところというもの、自分でも初めて拾いあげながらのことだったから、ふとフッと息をつくように小さく笑い、
「こんなナリじゃあ、向こうからだって滅多には近づいて来ねぇしな。だから、ここ何年かは好きも嫌いもねぇ、縁自体がなかったんだがな。」
 手前にある椅子の背もたれの上、腕を重ねるように置いて肘をつき、妖一は葉柱の声をただ黙って聞いている。本人だけれど本人ではない。だからと、訊いてみようと思った彼なのならば、此処で何を言ったところで間接的な意見だとしか思わない彼なんだろなと思いつつ、

  「全然、子供らしくはない坊主だったろうが、お前。」

 お前なんかちっとも怖かねぇよって、それこそ対抗意識満々で立ち向かって来やがってよ。最初っからネコをかぶるつもりもないまんまで、弱みなんか見せるもんかって、妙に気張ってやがったから。
「そのくせ、妙にぽろぽろと、必死なところとか精一杯に頑張ってるところとか、見せたかなかろうとこ、気ぃ抜いてはボロ出しててよ。」
 そうだよな、今だから判る。もしかしたらば、最初の頃は、作った自分で接しなかった分だけ、甘えることも怠けることも出来なくなって。猫をかぶって誤魔化さなかった分、素の自分で居続けなくてはならなくなって。尚且つ、負けん気が強いもんだから、精一杯の背伸びまでしていて。そこから初めて、少しずつ。甘えても良いの? どんな我儘言ってもなにくそって聞いてくれてるけど、ねぇ、このまんまでいても良いの? ボクのこと、嫌いになんない? 大喧嘩して、大嫌いって叫んでも、あのね、お兄さんのこと好きみたい。もじもじとまた逢いに来てくれた可愛らしい子。性懲りのない馬鹿をすると、今度こそはと本気で叱り。それで嫌われたって怖くなんかないもんねと強くなり。いつの間にやら不動の位置を、自分の傍らやお膝の上へ、しっかと確保していた彼だから。

  「ガキだからしょうがなくてなんてな理由だけで、
   小学生を誰よりも最優先するダチにするほど、
   心の広い、出来た人間じゃあねぇからな、俺は。」

 それが正直なところだし、ややこしくて面倒な奴には違いないながら、それでもな。そんな奴だってことを、敢えておして包み込めなきゃ、素の彼には触れることさえ出来ない、一端の男じゃないって、そんな気にさせるよな存在だったから。

  「ただのガキより、大変で。ただのガキより、大切だ。」

 キザかも知れんがこれが真実。それこそ、あいつ本人じゃないからこそ、口に出して言えたことであり。これで満足したのかどうだか、

  「……………そか。////////

 小さな声での一言を返して来た蛭魔くんへ。

 …あ、これってウチのチビには絶対ナイショな? きっと付け上がるに違いないから。
 え〜〜〜っ、どうしよっかなぁvv
 似合わねぇから、いきなりナヨつくなっての。
 だってぇ〜〜〜vv
 そんな言うなら、これはお前からどうしてもって聞いて来たって方をばらすぞ?
 どっかの誰かのそんな言い分、ウチのルイが信じるもんかよ。
 お前と誰かだったらそうかも知れんが、この“俺”の言うことだったら判らんぞ〜?

 双方ともに照れ臭くなってか、打って変わってのお軽い応酬。あはは…と笑い合ったそんなところへ、外の私道から家の間際へと、ゆったり乗り入れて来たらしい車の排気音がする。
「…これってセダンクラス以上の大型車じゃねぇのか?」
「おお、さすがだね。判る?」
 ベッドから立ち上がり、窓へとよれば。そこへと見下ろせたのは、やっぱりでっかい外車であり。真っ先に開いたのは、右側の助手席のドア。そこから覗いたのは、小さな手の先っぽだけで。………どうやら深いシートなもんだから、小さな坊や、身を起こせないでいるらしい。気ばかりが急くらしき声がして、
「早くっ。おっさんルイ、降ろせって。」
「あー、はいはい。」
 早速にも何つー呼び方をしているものやら。あの野郎はと苦々しく眉を寄せれば、そんな葉柱の傍らで、こちらの妖一くんが“くくくっ”と楽しげに笑っており、
「ウチのルイもな、存外と押しには弱いんだよ。」
 もう一端の大人だってのにな。きっと何にでも“ハイハイ”って言うこと聞いてやってると思うと言って、
「それじゃあ、お出迎えに行きますかね。」
 窓から離れて、向かうはお廊下へのドア。階下からは、妖一くんの母上の声がして、あらあら、いらっしゃいませと、葉柱へと声を掛けてる。そんな声へと重なった足音は、自分の家なんだからとご挨拶も抜きにして、こんな微妙な世界に、部外者としての“独り”でいるのは嫌だとばかり。目的の“葉柱”の元へと駆け寄って来ようとしている、坊やのものに違いなく。
「ああ、そういやぁ…。」
 あいつ、幽霊とかお化けとか、掴みどころのないものが一番嫌いだったから。こんな状態にいる不安もまた、落ち着かなくってしょうがないに違いない。順応性があるっていうことと、地に足がつかない状態が平気かどうかとは話が別だしなと、そんなこんなと言葉を交わしながら、いかにも家庭向けな中折れの短い階段をとんとんとん…と軽快に降りていたところが、

  「ルイ………っっ!!」

 下から駆け上がって来た坊やがこっちの脚へと飛びついた。いや、もっと上をと、せめて腹あたりを狙ったんだろうが、気が急いたのが不味かったらしく、飛び上がりが足りなくてのこの結果。
「わ…っ。」
「ルイっ?!」
「危ないっ。」
「ひゃぁあっ。」
 狭い階段でのすったもんだ。これもやっぱり、ほんの刹那の出来事ながら、結構長い一瞬だったような気がして、それから…。








←BACKTOPNEXT→***